大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 平成2年(ワ)534号 判決 1991年7月08日

鹿児島市下福元町六一六九番地

原告

竹之内宏

右控訴代理人弁護士

亀田徳一郎

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

佐藤恵

右指定代理人

福田孝昭

坂井正生

富永民主男

福元譲

二羽泰昌

有働治男

福田道博

濱田國治

北島凡夫

川野達哉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告が昭和五六年八月四日付けで原告の昭和五五年分の所得税についてした修正申告のうち分離課税の長期譲渡所得金額一二二三万五一五〇円に相当する税額二四四万七〇〇円、及び被告が同月一二日付けで原告の昭和五五年分の所得税についてした過少申告加算税の賦課決定処分による税額一二万二三〇〇円の各租税債務が存在しないことを確認する。

第二事案の概要

本件は、修正申告が錯誤によりされたもので無効であり、したがってまた、右修正申告に基づいてされた過少申告加算税の賦課決定処分も無効であると主張して、修正申告及び過少申告加算税の賦課決定処分による租税債務が存在しないことの確認を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五六年三月一三日鹿児島税務署長に対し、総所得金額を八五万円(事業所得金額八五万円)、納付すべき税額を一万三一〇〇円とする昭和五五年分の所得税の確定申告書を提出した。

2  次いで、原告は同年八月四日同署長に対し、前項記載の所得のほかに別紙物件目録一ないし五記載の土地(以下「本件一ないし五土地」又は「本件各土地」という。)の譲渡所得を加え、総所得金額を八五万円(事業所得金額八五万円)、分離課税の長期譲渡所得金額を一二二三万五一五〇円、納付すべき税額を二四六万〇一〇〇円とする昭和五五年分の所得税の修正申告書を提出した(以下「本件修正申告」という。)

3  同署長は、同月一二日右修正申告に係る過少申告加算税の額を一二万二三〇〇円とする賦課決定処分をした(以下「本件賦課決定処分」という。)

4  本件各土地は、もと原告の所有である。

5(1)  本件一、四土地につき、訴外齊野忠生(以下「忠生」という。)のために持分一四分の一一の、同齊野みか(以下「みか」という。)のための持分一四分の三の各所有権移転登記が経由されている。

(2)  本件二土地につき、訴外久徳清勝(以下「久徳」という。)のために所有権移転登記が経由されている。

(3)  本件三土地につき、忠生のために持分八四〇分の一一の、みかのために持分八四〇分の三の、訴外加藤ノリ子(以下「加藤」という。)のために持分八四〇分の二八の各持分移転登記が経由されている。

(4)  本件五土地につき、加藤のために所有権移転登記が経由されている。

6  前項(1)、(2)、(4)記載の各登記は、原告との昭和五四年一一月八日付け売買を原因として訴外坂元勇(以下「坂元」という。)のために経由された鹿児島地方法務局谷山出張所昭和五五年一月一二日受付第四一一号の所有権移転登記から、(3)記載の登記は、同様に経由された同出張所同日受付第四一二号の所有権一部移転登記からそれぞれ移転されたものである。

7  原告と坂元、忠生、みか、久徳、加藤との間で、平成元年二月八日、当裁判所昭和六一年ワ第八〇三号事件において、「原告は、本件各土地につき、5項記載のとおりの所有名義人に所有権ないし持分権があることを確認する。」旨の和解が成立した。

二  争点

争点は、原告に本件各土地に係る譲渡所得が発生しているかどうかである。この点についての双方の主張は次のとおりである。

1  原告の主張

(1) 原告は、本件各土地を坂元に売却していない。本件各土地につきなされた6項記載の坂元のための各登記は、原告の息子である竹之内義廣(以下「義廣」という。)において原告に無断で本件各土地を坂元に一四六〇万円で売却した上、原告の実印を持ち出し、登記に必要な書類を偽造して、なされたものであって、無効である。原告は、当然のことながら、売買代金一四六〇万円を受け取っておらず、原告には、本件各土地に係る譲渡所得は発生していない。

なお、原告は、前記和解において、本件各土地について、現在の所有名義人の所有権ないし持分権を認めたが、これは、原告において義廣の無権代理行為を追認したものではない。原告において、本件各土地の所有権に基づく諸権利の行使をしないとしたにすぎないものである。

(2) 本件修正申告の右譲渡所得に関する部分については、法律に無知な原告が鹿児島税務署長に指摘されて真実申告すべき義務があると誤信してしたものであって、無効である。また、無効な修正申告に基づく過少申告加算税の賦課決定処分も無効である。

2  被告の主張

原告は、前記和解において、本件各土地について、坂元から譲渡された所有名義人の所有権ないし持分権を認めている。これは、原告において、原告の代理人として本件各土地を原告に無断で売却した義廣の無権代理行為を追認したものと認められる。したがって、原告には、本件各土地に係る譲渡所得が発生している。

第三争点に対する判断

一  前記争いがない事実及び証拠(甲一ないし三、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

原告は、義廣が原告に無断で本件各土地を坂元に売却したと主張して、本件各土地につき移転登記を受けた坂元及び坂元から移転登記を受けた現在の所有名義人である忠生、みか、久徳、加藤(以下「坂元ら」という。)に対し、各所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起したが(当裁判所昭和六一年(ワ)第八〇三号事件)、平成元年二月八日次のとおり裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。

1  原告及び坂元ら並びに裁判所は、本件事件の証拠調べをすべて終えた段階で、左記のとおり事実認識が一致したので、2項以下のとおり和解する。

(1) 義廣は、父であり本件各土地の所有者であった原告が同土地を売却する意思がないことを知りながら、同人をだまして右土地の所有権移転登記手続に必要な委任状等をそろえ、昭和五四年一一月八日坂元に対し右土地(但し、本件三土地はその一部)を代金一四六〇万円で売り渡した。

(2) 坂元は、右委任状等から真実原告が売却する意思を有し、又は義廣が真実代理権を有しているものと信じて本件各土地を買い受け、右代金全額を義廣に支払った。

(3) 義廣は受領した右代金を原告に渡さず着服費消し、以後転居して行方をくらまし、原告方に寄りつかなくなった。

2  原告は坂元らとの間で、本件各土地は、前記第二の一5(1)ないし(4)記載のとおりの所有名義人の所有であることを確認する。

3  坂元は、原告に対し、本件解決金として九〇万円の支払義務のあることを認め、これを平成元年四月末日限り、原告代理人事務所に持参又は送金して支払う。

4  原告は、坂元らに対する請求をいずれも放棄する。

5  訴訟費用は各自の負担とする。

二  前記各事実を前提にして、原告に本件各土地にかかる譲渡所得が発生しているかどうかについて判断する。

本件和解によって確認された原告と坂元らの合意によれば、原告は、本件各土地につき、現在の所有名義人に所有権があることを認めている。そして、坂元は、原告が本件各土地の売却をする意思が有るか、又は、義廣が代理権を有しているものと信じて買い受けたというのであるから、義廣と坂元の本件各土地についての売買は、非権利者である義廣による処分行為であるか、又は、無権代理行為であると解することができる。そこで、原告は義廣による非権利者の処分行為ないし無権代理行為を追認したものと解するのが相当である。もと原告において所有していた本件各土地につき、第三者の所有権ないし持分権を認めるというのであるから、義廣のなした行為を自己に効果が帰属するものとして、追認したと解するほかはないからである。

無権代理行為については、民法一一六条により、契約の時に効力が遡る。また、非権利者の処分行為についても、同条の類推適用により、処分行為の時に効力が遡ると解すべきである(最二小判三七・八・一〇民集一六巻八号一七〇〇頁参照)。義廣は、昭和五四年一一月八日に売買契約をしたが、坂元に対して移転登記がされたのは、翌五五年一月一二日であるから、義廣が売買代金一四六〇万円を受領したのは、そのときであると推認される。したがって、昭和五五年中に譲渡所得が発生したものといえる。その場合、売買代金を義廣が着服費消し、原告に交付していないとしても、義廣による非権利者の処分行為又は無権代理行為たる売買が追認されたのであるから、右売買代金は譲渡所得の計算にあたって原告の「収入すべき金額」(所得税法三三条三項、三六条一項)に該当するので、原告に譲渡所得が発生することにほかならない。

なお、原告は、本件和解は、原告において本件各土地の所有権に基づく諸権利の行使をしないとしたにすぎないものである旨主張する。なるほど、本件和解の1項からすると、原告は、本件和解においては、本件各土地について、現在の所有名義人に所有権を認める一方、本件各土地に係る譲渡税の賦課がされないようにすることを目的としていることが推認される。しかし、前示のとおり、もと自己の所有であった土地について、他人が所有権を有することを認める以上は、非権利者の処分行為又は、無権代理行為を追認したものと解するほかないのであって、原告の主張は到底採用することができない。

三  したがって、本件各土地につき、昭和五五年に譲渡所得が発生したとする原告の修正申告には、何らの誤りはなく、修正申告が錯誤に基づくとの原告の主張はその前提を欠くものであり、また、右修正申告が無効であることを前提として、これに基づく過少申告加算税の賦課決定処分が無効であるとの主張も、理由がないことに帰し、他に原告が右過少申告加算税を負担しない原因事実についての主張立証はない。

(裁判長裁判官 宮良允通 裁判官 原田保孝 裁判官 宮武康)

物件目録

一 鹿児島市下福元町字下鬼ノ辻六一四四番三

宅地 九二・五一平方メートル

二 同所同番四

宅地 八八・二六平方メートル

三 同所同番五

宅地 一二・一〇平方メートル

四 同所同番七

宅地 七・九一平方メートル

五 同所同番八

宅地 七六・七五平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例